ポプラ並木の憂鬱又名Melancholy of The Poplar Avenue
中学・高校を通じて8ミリカメラはまわし続けていたが、おもちゃ以上のものとしては考えていなかった。しかしPFFの前身である自主製作映画展に入選した『アスファルトに眠る』(桂田真奈・1977)を観て、「このぐらいで金を取って観せていいんだ。したら俺たちだって」とナメてかかった末にできた作品。当時所属していた文芸***「大瓢」のメンバーで内輪的に作った。坂口安吾の原作を現代に翻案し、蝉の声に悩まされる青年が、友人たちを訪ね歩き、哲学的な問答を繰り返す。全共闘後世代のしらけ切った倦怠感を描こうとした。後にラストシーンを『100年後』に吸収のため、現在は上映不可能。